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 セラピストのご紹介:  ハッピーコーディネイター  さら






・カウンセラー

・ヒプノセラピスト
(米国催眠療法協会認定)

・キネシオロジスト

・フリーランスのライター
(バンクーバー情報誌、ココマガジンにてエッセイを連載中)



●BIOGRAPHY

幼少時代 ありえないほどの機能不全家族の環境で、本当に苦しい子供時代をすごす。

よくまともに育ち、今まで生きてこられたと我ながら感心する。 厳しさからの恐怖と過干渉による不信感により、完全に自分らしさをギブアップしてしまう。

学生時代 自分らしさを失くした状態であったため、親や友達との関係に悩みつつ学生時代を過ごす。

将来の進路を考えたとき、どこへ行っても、子供たちが寄ってきてくれ、子供といることが自然であったため、幼児教育の道に進む。

当時の教授から、本来の『自己啓発』の深い意味を教わり、感銘を受ける。 子供の発達心理にも、強い興味を持つ。

OL時代 ごく普通の企業に勤めるが、カスタマーサービスを通して人と触れ合う喜びを味わう。 

この体験を通じて、コミュニケーションの大切さ、人の心理ということについて興味を持つ。すばらしい上司に恵まれ、女性であっても、自立して生き生きと仕事をすることの喜びを学ぶ。

幼児教育という分野に携わらず、普通の会社で働いたことに疑問を持ったが、私の人生において、とても必要な体験をしたといえる。

1995〜 自分の可能性を確かめるために、大好きな会社をやめてカナダへ留学。 

会社や日本での生活に、何の不満もなかったため、日本を去ることや、退社することに、かなり躊躇するが、手放した途端、もっと大きなものをつかめることを実感する。

自分が将来、何をしたいかなど、考えたことなど1度もなかった私だったが、このころ、1週間で、立て続けに5人の人から、カウンセラーになるよう勧められる。

偶然にしては、何かある!と直感で思い、元々、興味のあった心理学の勉強を始める。

カウンセリングの勉強をしていたが、カウンセラーという枠だけにとらわれたくないと思っていた この年、ハッピーコーディネイター(ハピコ)になることを、ひらめく。 

自分はこのために生まれて来たのだとハッキリ自覚。 口では言い表せないほどの光悦感を味わう。

このときから、毎晩のように、自分がハッピーコーディネイターになった様子を ビジュアライズしながら過ごす。

1997〜 カナダ生活は2年のつもりだったが、そばにいた、あまりにも珍しいタイプの夫と、うっかり結婚してしまう。

仲の良かった友人たちが、みんな日本へ帰り、働くビザもないため、外に行く機会も減り、生まれて初めて、「孤独」というものを味わう。

また、インナーチャイルド(心の中の傷ついた子供の部分)が癒えていなかったため、夫と喧嘩三昧の日々が続き、心身ともに疲れ果ててしまう。

1998〜 2年ごしの夢が叶って、ハッピーコーディネイターとしてデビューする。

バンクーバー在住の人たちに、初めてワークショップを提供し、やりがいや手ごたえを しっかりと感じる。

いつか、世界中から、私の講座を受けに、カナダにやって来てくれて、こころと体を癒すツアーをしたい!と夢をみる。

ハピコの仕事だけでは食べていけなかったので、この年から2年ほど、ワーホリさんたちに英語を教えながら二束のわらじをはくことになる。 予想外にも、爆笑・英会話教室として大繁盛してしまう。

2000〜 「うひょ・うひょ倶楽部」 という名前でHPを開設。

初めてPCデビューをし、本を見ながら、ワードでHPを作ってみるが、メールも打てないほどだったため、PCの前で発狂寸前になる。

ライター活動開始。

メルマガを発行しはじめたら、色々なメルマガサイトが取り上げてくれるようになり、読者が1万人を超える。 メルマガの会社、melma! のオフィシャル・メルマガで、1年半、連載をつとめる。

2001〜 メルマガの読者が増えたおかげで、この年、ようやく、カナダツアーを実現することになる。

順調にツアーに来てくれる人が増え、ときには、自分のやり方に自信をなくしつつも、ハピコとしての喜びを味わう。苦しい体験も、良い学びとなる。

2003〜 ようやく英語の先生を卒業し、ハピコとして1本立ちする。

カナダツアーを通して出会った素晴らしい受講生達を通して、自分を成長させる。

この年、電話を使って、テレフォンカウンセリングを開始する。

1人ひとりに深くかかわって、幸せをコーディネイトすることに、面白さを覚える。

この年、学校に戻ることを決意し、主婦業、仕事、学校と忙しい日々を過ごす。

2004〜 学校&電話カウンセリングを続けながら、カナダ・ネイチャーツアーを開始する。

お料理、ヨガ、メディテーションなどを通し、リラックス目的のツアーを提供。参加者たちと、すばらしい時間を過ごす。

この年の10月より、学校などのストレスから、胃の不調を覚えだす。薬を飲んでも治らないため、年明けに帰国して検査することを決める。

2005〜 1月に検査した結果、早期胃がんと診断される。

その後、2月に胃の三分の二を切除する手術を受ける。 この病気、手術を通して、自分がどのように生きてきたのか、真剣に考えるチャンスとなる。

がんになれたことは、人生最大のギフトだと思い感謝する。

インナーチャイルドを癒すワークにずっと取り組んでいたので、徐々に両親との関係は良くなっていたが、がんという病気を通して、私が大きく変わり、そして両親もかなり変わったため、よい関係となる。 

両親から愛されていると、頭ではなく、心で感じられるようになる。

術後の経過もよく、8月に卒業生を対象に、バハマでイルカと泳ぐツアーを催行する。

このツアーがハピコ人生、最大の学びツアーとなり、後にとても感謝するようになる。また、荒れ狂う海へ小型ボートで出かけても、私ひとり酔わないため、「ほんとは漁師なのでは?」と、参加者に疑いを持たれる。

2006〜 1年検診のため日本へ帰国。親子3人で仲良く食卓を囲み、とても幸せを感じる。

カナダへ母を連れて来る。母と二人で旅行するなんて、絶対ありえないと思っていたが、これが実現出来て嬉しく思う。(父は飛行機が嫌だとごねたので断念)。

テレフォンカウンセリングを続ける。大きく成長するクライアントのみんなに感動すると共に、自分がやってきた仕事に対する手ごたえをしっかりと感じる。

この年、胃を手術した関係で、全身に湿疹が出来、中国医に診てもらう。

このドクターが教えてくれる中国医学に深い興味を持ち、自分でも 調べていくうちに、中国医学をベースにした、キネシオロジーというツールと出会う。

実際に、自分でキネシオロジーを体験してみて、私がどんどん自分らしさを取り戻せ、キネシとカウンセリングを併用させていくことで、大きな効果があると確信する。

キネシオロジーを通し、本来の自分を取り戻すことの大切さ、また、よい人を卒業し、自分らしく生きる喜びを実感する。 せっかく与えられた命を大切に「自分の人生」を生き抜きたいと強く思う。

12月にロサンゼルスで、キネシオロジー・マスターコースを終了。

2007〜 潜在意識へのアプローチの方法とし、催眠療法が効果的であると考え、ハワイにて、本格的に催眠療法を学ぶ。

カウンセリングの技術、キネシの筋反射テスト、ヒプノ(催眠)を併用させることで、大きな効果が出ることを実感する。

7月にバンクーバー島で、ヒプノやキネシを使った新しい形の「本当の自分に出会う・ごほうびツアー」を催行。 すばらしいツアーとなる。

自宅をリノベーションして、バンクーバー在住の方を対象に個人セッションを本格的に開始する。

リラックスした雰囲気で、来てくださる皆さんが、自分を取り戻していく姿を見て、幸せに感じる。

12月にハワイでの、ごほうびツアーを開催。 

参加者たちと夢のような時間を過ごし、すばらしい体験となる。 改めて自然が持つ癒しの力を感じると共に、参加者たちの大きな変化に感動を覚える。

2008〜 3月に、東京&大阪にて、「おうち講座」を開催。

深く感情を味わうことで、自分の内(おうち)へ戻っていくという実体験から、この講座をプログラムする。 沢山の方と出会い、素晴らしい時間を共有する。

5月に、ロサンゼルスにて、メタファー&カウンセリングコースを終了。

これは、メタファーと呼ばれる言葉を用いて、ストレスを解放したり、気づきを促すもの。 自分自身にとっても、大きな気づきがあり、実りの多い体験となった。

バンクーバー情報誌、ココマガジンにて、「うひょっ♪とエッセイ」の連載を開始。 こころを癒し、自分らしく生きることの大切さを広める、良いチャンスをいただく。

7月はカナダツアー、12月ごろハワイツアーを開催予定。


わたしの 自分へと帰る旅は、ワクワクと まだまだ続いていく…。




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